新型コロナウイルスがエイズのように免疫不全を起こす?

新型コロナウイルスSARS-CoV-2)に関するデマがネット上に飛び交っています。今回はタイトルの通り、新型コロナウイルスエイズウイルス(ヒト免疫不全ウイルス;HIV)のように免疫不全を起こすという噂について取り上げます。

そもそもどうしてこのような噂が起きたのでしょうか。その前にHIVが免疫不全を起こすメカニズムを簡単に説明します。

HIVは血液中のリンパ球に感染します。リンパ球に限らず、細胞はリン脂質でできた膜(細胞膜)で守られていますので、ウイルスが侵入するのは容易ではありません。HIVの場合、リンパ球の表面にあるCD4、CCR5、CXCR4といったたんぱく質(受容体)と結合して、細胞の中に侵入します。HIVがリンパ球に感染することで体内のリンパ球数が低下し、免疫力が低下するとされています。

では新型コロナウイルスSARS-CoV-2)はどうでしょうか。実のところまだわかっていない部分はありますが、新型コロナウイルスSARS-CoV-2)はSARSコロナウイルスと似ており、特に受容体を認識する部位はよく似ているようです。新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の受容体はSARSコロナウイルスと共通する可能性が指摘されており、判明しているものとしては「ACE2」という肺に多く存在する蛋白に結合します。結果として肺の細胞に侵入し、肺炎を起こすのです。現時点ではリンパ球に感染するという話はありません。ではなぜ免疫不全を起こすという話が出てきたのでしょうか。

https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.01.26.919985v1.full

 

現在では撤回されていますが、新型コロナウイルスSARS-CoV-2)とHIV塩基配列が一部同じ部分があるとする論文が報告されました。具体的には全塩基配列のうち4か所の塩基配列が同じだったというものです。その論文では、ウイルスが人為的に作製された可能性やリンパ球に感染する可能性を指摘しましたが、根拠が不十分として現在は撤回されています。おそらくこの論文がきっかけになったのではないかと思います。撤回こそされていますが、まだ全文を読むことは可能です。

https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.01.30.927871v2

 

加えてエイズ治療薬であるロピナビル・リトナビル配合錠が新型コロナウイルスSARS-CoV-2)感染症の治療に有用だとする報告も一因になったかもしれません。これは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2)とHIVの構造が似ているという話ではありません。ロピナビルとリトナビルはともにウイルスが増殖する際に必要な「プロテアーゼ」を阻害する薬ですが、前回のSARSコロナウイルスが流行した際に、ロピナビル・リトナビル配合錠が有効である可能性が示唆され、またエイズ治療を受けている患者さんは重症化しにくいという報告が出ました。SARSコロナウイルスと今回の新型コロナウイルスSARS-CoV-2)は構造が似ているためHIV治療薬が有効である可能性が指摘されています。

 

皆さんに気を付けていただきたいのは、現時点で新型コロナウイルスSARS-CoV-2)が免疫不全を引き起こすという証拠はないということです。新型コロナウイルスSARS-CoV-2)は当然ながら人類にとっての脅威です。今後新たな情報が出てくる可能性がありますが、正しい情報を手に入れて、正しく恐れましょう。